うめ小話

はじまり



幼くして両親を亡くした私は、村の領主に拾われ育てられました。
領主様は私を本当の娘のように可愛がり、勉強を教えてくれて、女であるにも関わらず刀まで持たせてくれました。

領主様、大好きな領主様。
私は本当の娘ではないけれど。
私は貴方様のことを本当のお父上のようにお慕い申し上げております。





私が拾われ、ちょうど3年目の日。
領主様に待望の御子がお生まれになられました。
御子の名前は「朱雀」様。立派な男児になるようにと命名されたのです。
朱雀様、わたくしの将来の主様。

領主様は言いました。
この子を守ってやってくれ、この子はお前の弟だよと。

私はとても嬉しかったのです。







「梅姉さま!」
小さな弟は私の名前を舌足らずに、一生懸命に呼んでくれました。
それだけで幸せだったのです。













それは突然のことでした。
朱雀様の3回目の誕生記念日。
買出しから屋敷に帰ると、屋敷が真っ赤な炎に包まれておりました。


「領主様!朱雀様!」

私は慌てました。
だって。
だって。

屋敷のまわりには血まみれの死体ばかりでしたから。
それも見知った顔ばかり。屋敷の使用人たちです。


炎に包まれた屋敷の中を駆ける。
熱くなど、熱くなど……!!


「梅――ね……ま」
「!! 朱雀様!」

かすかな声。大事な声。私の大事な大事な弟の声。
抱き上げる。血まみれの弟を。

「朱雀様!」
「ね……さま」

口から血がこぼれる。
ヒューヒューと乾いた音を唇から発する。

「今すぐにお医者様に!」
「ね、……」
「――朱雀、様?」

大事な弟。

「す、ざく?」

動かない。
目を見開いたまま。微動だにしない。

「あ」

大事な弟。

「あぁあああああああ!!!」

大事な弟はもう二度と動かない。






炎は全てを包み込み、全てを奪い去った。
黒焦げの残骸の中、領主様を探したが何もなかった。
数日後、お役所から正式に「死亡」を告げられ、私は泣き崩れた。







風の便りで耳にした。
あの日、お屋敷に火を放ったのは、領主様の兄君だと。
彼は日頃から領主様を恨んでいた。
本当は自分が領主になるはずだったのに。
その座を領主様に奪われてしまったから。

たったそれだけのことで!!!




気がついたら私は刀を握って彼の前にいた。


「助けてくれ!!!」
彼は懇願した。

自分が犯人だと認めた。

「お願いだ!」
「お願い……?」

図々しい。
何様だ、何で殺した。

「お前なんて……!!」

私はただただ憎くて、悔しくて、どうすればいいか分からなくて。
刀を振り下ろした。










「………」
雨が私を打ちつける。
もう村にはいられなかった。

殺してしまった。
それも領主様の兄君を。

なんてことだ。
私はなんてことをしたのだろう。
最低だ、最悪だ。
涙が止まらない。


「もうっ……!!」
刀を握る。
血にまみれた刀は、錆びかけていたが構わない。
あと1匹分ぐらいもつだろう。

「もう、意味なんでないのです!!」

領主様がいない。朱雀様がいない。
私の家族はもう、誰もいない!
こんな世界で生きていこうなんて思わなかった。

刀を腹に。
せめて最期は武士らしく散ろうと。



「ばっ!何してんだよ!」

突然、刀を横からつかまれた。
慌ててその手を見ると、私よりもかなり大きかった。

「……はなしてください」
「はなせるワケねぇだろ」

その声に私は顔を上げる。
邪魔をするな、そう言ってやるつもりだった。

だと言うのに。

「…………」

目の前のヒトを見て、私は固まった。
それがヒトだと認識したのは固まってから、数十秒後だったけれども。


「ヒ、ト」
「あぁ、ヒトだぜ。ヒト! 分かったら、刀俺に寄こせ」
「……どうしてですか」
「このままじゃお前、切腹?だっけか、するだろ?」
「……貴方には関係のないことです」
「関係なくねぇよ! 目の前でこんなことされたら困るんだって!」
「困る? ……何故? 私は困らない」
「俺が困るんだっての!」

滅茶苦茶だ。


刀を持つ手に力を入れれば、ヒトも力を込めてそれを阻止する。
力では到底かないそうにないので、とりあえず力を抜いたまま刀を握り締めた。
このままの格好でいれば、いつか彼も諦めるだろう。
この雨の中、長時間こんなことしてられないはずだもの。









なのに。

「…………」
雨が止んだ。
つまりは、雨が止むまでずっと彼は私の刀を、私の手を握り締めたままだったのだ。

「はぁ」
思わずため息。
すると、彼はベタベタの全身でにこっと笑ったのだ。

「やっと動いた」
「…………随分と我慢強くていらっしゃる」
「それほどでも」
また彼は笑った。
その笑みは領主様の笑みにひどく似ていて、おもわず涙がこぼれた。







どうしてだろうか。
彼の我慢強さに打たれて? それとも、笑みが領主様に似ていたから?

私は彼に、全てを話してしまった。
今思っても、何故だろう? としか出てこない。
でも、話してよかったとも思う。
だって、これが始まりだったから。


「もう、私は生きる意味を見出すことができません。
 生きる意味が分からないのです」
「ふぅ〜ん、そっか」

能天気な声で。

「いいじゃん!」

彼は続けた。

「じゃあ、俺の護衛になってよ!」
「――は?」
「俺さ、今、世界中を旅してんの! やっぱ護衛いたほうが何かと得じゃね?」
「何を」
「刀つかいの護衛とかカッコイイしさ!」
「私は」


「よし!」

何を自己完結したのか。
彼はやはり領主様に似た顔で笑った。

「私は殺したんですよ!?
 こんな私が護衛など……!!」

涙が出た。笑うな、笑うな、領主様に似た顔で笑うな。

「もう、私も死にたい……!」
「わかった」
「え?」

ヒトの彼は刀を持って、私に近づき。

「なに、を……?」
「君は今日死ぬ」



「!!!」
目を見開いた。

「かつて君は今日死んだ。今ここにいる君は新しい君だ」

滅茶苦茶だ。
本当に、なんて滅茶苦茶なんだろう。


「君の名前、教えてくれる?」
「……っ、うめと申します!」

ならば。
この無茶苦茶に私も乗ろう。
あたらしい、うめとして。

もう、ここに梅はいない。
いるのは「うめ」だ。










それがはじまり。
うめのはじまり。

世界はとても広くて。
あの村だけで生きていた私は。
とってもちっぽけな存在だったのだろう。

私の犯した罪は消えない。
いつか、この旅が終わった時。しかるべき罰を受けようと思う。
それまでは。ワガママかもしれないけれど。


「主様」
「おう、うめー!」



神様、私のたった一つのお願いです。
このヒトと一緒に生きさせてください。


Fin




ずっと書きたかったSS。でもネタバレ満載すぎるので、企画終わったら!と冬ちゃんと一緒にうずうずしてたんです。